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Interviews

#013  月山と人に魅せられて、68歳でIターン 横田俊雄さん 2012.8.7

 ←出羽三山の精進料理を広める会/鶴岡食文化女性リポーター →早田ウリ、お花のように可愛らしい、鶴岡市温海地区に伝わる在来作物収穫体験。


私は月山に惹き寄せられてしまったんですね。


「今から5,6年ほど前になりますでしょうか、友人と5人で尾花沢市の銀山温泉へ遊びに行ったときのことです。気の置けない仲間たちと愉しいひとときを過ごした帰りの道すがら、不意に目を移したタクシーの窓の外に、真っ青な空にそびえるまあるいかたちをした白い山を見ました。あまりの美しさに驚いて、運転手さんにあれはなんですか、と訊ねました。


――お客さん知らないんですか。あれは月山(がっさん)ですよ。


 あんなにまんまるで、まさに月のように見える月山を、私はそのとき初めて目にしました。それからすぐに、もう一度あの山が見たくて私は庄内を訪ねていました。今度は一人きりの旅でした」


 きっと月山に惹き寄せられてしまったんですね。そう言って目を細める横田さんは、その体験から程ない2010年4月、鶴岡市にIターンしました。東京で40年以上経営してきた設計事務所を息子に任せ、これからの人生を歩む場所としてこの庄内という場所を選んだのです。御年68歳の決断でした。


 



2012年6月 鶴岡市山王町で喫茶店『チャペ』をオープン。


 鶴岡では長年就いてきた建築士としての仕事をしながら、鶴岡市山王町に『まちのコンシェルジュ チャペ』というコミュニティカフェをオープンさせた横田さん。チャペとは庄内弁で「猫」という意味で、猫好きの横田さんらしいお茶目な看板や内装が空間を彩っています。


 これまで長く設計会社を経営してきたものの、喫茶店の経営は始めて。それでも自身が培ってきた経験と知識を活かしてこの町で暮らす人々の役に立ちたいという想いから、この喫茶店を始めたそうです。


「思い立ったらすぐ行動、行動したら相当なことがない限り、曲げません。」


  外見の穏やかさに反して、横田さんの胸の奥では熱い想いが燃えています。


 


 横田さんは1941年埼玉県大宮市生まれ。学校を卒業後、電力会社へ首席で入社するも自ら住宅を設計したいという強い思いから25歳で退職し、建築士として独立。以降、東京を中心に40年以上に渡って個人で事業を展開されてきました。


 「色々なことがありましたが、随分とまわりに引っ張ってもらいながら進んできました。大事にしていたことは、人の言ってくれることを素直に受け入れること、相手が誰だろうがかまいすぎないこと、ものごとに迷わないこと。下手な考え休むに似たり、という言葉がありますが、悩むよりまず突き進むようにしていました。」


  その行動力と決断力が、多くの縁や運を自らに引き寄せてきたことは間違いありません。


 


新聞記事がきっかけで入れた1本の電話。


 横田さんと庄内を繋いだ運命的な出会いが、月山の他にもうひとつあります。それは、庄内映画村の代表取締役を務める宇生雅明さんとの出会いでした。


「ある日眺めていた新聞に、宇生さんが載っていたんですね。その頃自分が考えていたことと同じようなことを言っているもんだから関心を抱き、これは是非とも話がしたいと思ってすぐさま電話をかけたんです。


 そうしたら、本人が電話口に出てきてくれたんですね。お互い初めて話をするというのに話が弾んでしまって、かれこれ30分くらい話していたでしょうか、一度遊びにきてくださいと誘われたものだから、すぐに遊びに行きました。


 庄内空港に降り立つと、宇生さんが待っていてくれました。夏の頃のとても気持ちのよい季節で、田んぼを貫く大きな農道を走る車の中から、稲穂をかけていく風を見ました。黄金色に色づき始めた稲を撫でてゆく大きな風です。


 あぁここは、風が目に見えるところだなんだ。とても心地の良いところだな、と、肌で感じました」


 その後宇生さんとはすっかりと打ち解けて、庄内に住まいを移してからも頻繁に行き来をしているそうです。チャペのオープンにあたっては看板や壁などの猫の絵を、庄内映画村の画工職を務める平野克己氏に手がけてもらいました。 


 偶然に見つけた新聞記事がきっかけで入れた1本の電話。それが今、横田さんがここにいるひとつの理由となっています。


 



庄内の好きなところは、呼吸が楽なところ。


 庄内の好きなところはどんなところですか。そう尋ねると一息おいてから、呼吸が楽なところでしょうか、と横田さん。


「空気をたくさん吸おうと思って息を大きく吸い込むと、逆に苦しいでしょう。息をすーっと吐ききってしまったときは、肩の力も抜けて楽に感じたりするものです。庄内で暮らすということは、息を吐き出しているような状態。息をたくさん吸わなくても、どこだろうがいつだろうが、きれいな空気を吸うことができます。


 つまり、息をたくさん吸いたいと思わなくていいんですよ。それは要するに、欲を出さなくてすむということです。」


 20年以上暮らしていた東京の築地では、夏でも冬も、昼夜を問わず大型のトラックが市場を行き交い、繁華街は人で溢れていたそう。汚れた空気の中、洗濯物を外に干すなんてもってのほかです。


「必要なものがそこに十分にあって、欲しがらずに自然でいられると、色々なことをゆったりと考えられるようになりました。東京で暮らしていたころは何歳まで生きたいだとか、いつまでにあれをしようだとかをいちいち考えていましたが、庄内に来てからは来るべき時が来れば起こるものと考えて、何事も受け入れるようになりました。」


 人をほどいてしまう力がここにはある。都会を経験した人ならきっと、理解できる感覚ではないでしょうか。


 


 大きすぎず小さすぎず、遠すぎず近すぎず、受け止めてくれる大きさの自然があります。自然だけでなく、人々も同じように私たちを受け入れてくれるように感じます。


 移ろう自然を眺め、その美しさに心を休め、息をする。まるで自然にゆったり抱かれているような、安心感をくれるところ。


 


「老後を過ごす場所として他にもいくつか候補があったのですが、この土地の風景や人との不思議な出会いがあって、いま私はここにいます。目下の懸案事項は大宮と庄内のどちらの墓に入るかですが、妻にはどうするのと問われながらもお前もいつか庄内に骨を埋めたいと言い出すかもしれないよ、なんて冗談を言いながら、ゆっくり考えようと思っています」


 山形で暮らしているからこそ、出会える人々がいます。どうぞ山王町の喫茶店『チャペ』の戸をたたき、横田さんを訪ねてみてはいかがでしょうか。


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