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#032 布を織り地酒を語る、異色の織り手 夕日家地酒Bar店長 池田敦さん 2013.3.12

 ←#030 「食の都庄内」を、自分たちの世代で受け継いで、繋いでいきたい イタリアンレストラン・アルケッチァーノ 西田淳之介さん 2013.2.5 →2013.2.15荘内日報掲載 私と読書エッセイ「一冊の本がくれた、鶴岡での暮らし」

池田敦さん


地酒Barを支える、鶴岡シルクKibisoに魅せられた若き織り手


 昔から米どころは酒どころ、お米の美味しいところに旨い酒ありと言われたものですが、ここ山形にも銘酒と呼ばれる日本酒が数多く存在し、全国各地の日本酒ファンを惹きつけてやみません。山形県全体では54の酒蔵が存在しますが、ここ庄内地方には19の蔵があり、それぞれのこだわりと想いでお酒を醸しています。


 伝統的な食文化でもあり地域の大きな財産といえる地酒を、多くの方に知ってもらい、楽しんでもらいたい。よそからやってくる観光客の方はもちろんのこと、地元の方もビールやワインにばかりに目を向けるのではなく、酒の面白さに気付いて欲しい。


 そうした想いで庄内19蔵全ての地酒を取り扱っている地域唯一の地酒専門店「佐野屋」さん。店主の佐野洋一さんは2012年6月に鶴岡駅の近くに地酒専門の居酒屋「地酒Bar」をオープンさせ、日本酒ファンはもちろん日本酒初心者の方にも気ままに地酒を楽しめる空間を提供しています。


 この地酒Barで現在店長を務めている、池田敦さん(28)。池田さんは1984年茨城県に生まれ、ひたちなか市の高校を卒業後、新潟県長岡市のデザイン系大学へ進学しました。もともと服飾関連に興味を持っていた池田さんは、大学でテキスタイルデザインを専攻し、実際に布を織ったりデザインをしたりしながら学生生活を送ります。卒業後もその道を歩んでいこうと決意し、織物工房で作家さんのアシスタントから始めていこうと考えた池田さんは、大学時代の友人を頼りに東京、岐阜、京都などを渡り歩き、2009年11月、山形県鶴岡市で出会った新しい絹織物・Kibiso(キビソ)に興味を抱き、ここにやってきました。


 


池田敦さん写真1   池田敦さん作品写真2


テキスタイルデザインとの出会いと、手織りの布に魅せられた学生時代 


 テキスタイル(texitlle=織物、布地)デザインとは、織物や染物等の繊維全般に関するデザインをいいます。デザインする布地の用途により服飾系とインテリア系に大きく分けられますが、布の色や模様、質感などを総合的にデザインする点で共通しています。


 池田さんはお試しで受講した講義でテキスタイルデザインに出会い、布や服飾系の小物をデザインすることはもちろん、「布を織る」という作業自体に大変興味を持ったそうです。


「もともと服飾に興味があってデザイン系の大学に進んだのですが、テキスタイルデザインが唯一服飾に関連するコースだったこともあり、それを専攻しました。時代の流行りでグラフィックデザインを専攻しようかと思ったこともありましたが、布を織ってみたらその作業が純粋に面白くて、結局そちらに進むことにしました。」


  縦糸と横糸を交差させ、それを何度も何度も繰り返して1枚の布に仕上げていく。機械とは比較にならないほどの時間と労力が必要となる手織りですが、それに加え集中力や繊細な技術も求められます。想像するだけで気の遠くなる作業ですが、やはり機械でつくられる布とは別格なのでしょうか。


「そうですね、仕上がりの違いというよりも、手織りの一番の特徴は自由度の高さではないでしょうか。色や形に変化をつけたいと思ったときに、手を止めれば変えることができます。布は縦糸と横糸で直線で織るものですから曲線を表現するのが難しいのですが、なめらかな曲線を表現したり、複雑な模様を描いたりすることも手織りなら可能です。」


 それが面白さでもあり、難しさでもあるのでしょう。池田さんが制作された織物をいくつか見せてもらいました。デザインが優れているだけでなく筆舌に尽くしがたい繊細さと質感があり、人が時間をかけてつくったものだけが持っている空気感がそこにはありました。


 


 池田敦さん作品1


同級生と新しい絹織物「Kibiso」との出会いから、鶴岡へ


 織物を生業にしていきたいと考えた池田さん。鶴岡シルクとの出会いは、どんなところにあったのでしょうか。


「大学を卒業後、友人を頼りに東京、岐阜、京都など各地の織物産業や工房を見て回りました。鶴岡には同級生の佐藤天哉さん(はんどれい株式会社)がいたことと、きびそという絹の素材を活用した新しいブランド「Kibiso」へ尊敬しているテキスタイルデザイナーの須藤玲子さんが関わっていたことから興味を持ち、2009年11月、初めて鶴岡にやってきました。」


 きびそとは蚕が繭を作るときに最初に吐き出す糸のことで、太くてぼそぼそとしていることからこれまであまり繊維としては使われてきませんでした。しかしその独特の風合いを逆に生かして、これまでの絹織物と異なる絹製品をデザインしていこうという動きが一部の地域で起こり始め、そうした流れの中で鶴岡シルク株式会社がプロデュースしたブランドが「Kibiso」です。


「Kibisoプロジェクトには国内の有名なデザイナーやこれからどんどん伸びていくような会社がたくさん関わっていることも魅力的でした。知り合いにプロジェクトを進めている方を紹介してもらい、須藤玲子さんにも実際にお会いして自分の作品を見てもらうことができました。ありがたいことに須藤さんからは好評価をいただくことができました。」


 具体的に商品化するという話が出ながらも、現時点では残念ながらそこまでには至っていません。それでもしばらくはここで織物をやっていこうと決意した池田さんは、1年の有期契約ながら櫛引の綴れ織り工房での職をちょうど得ることができ、そこで1年の制作活動を行うことになります。


 


  池田敦さん作品2


鶴岡市櫛引の綴れ織り(つづれおり)工房で、帯などを制作した1年間


 2010年4月、鶴岡市櫛引にある綴れ織り工房で働くことになった池田さん。それまで鶴岡で過ごした約半年間は、はんどれい株式会社さんの2階事務所の一角と織り機を借りて制作活動を行っていたそうです。


 「櫛引の綴れ織り工房では、長南光さんらの作家さんについて研修生として帯を織っていました。主に制作していたのは着物の帯ですね。」


 それまで和装にあまり興味を持ったことがなかったという池田さん。そこでの1年間で技術的にも多くのことを学びました。


 綴れ織りとは西陣織りと同様の技法で、横糸だけで模様を表現することが大きな特徴です。研修終了間近になり、最後の作品として制作したのが写真の「Heineken」の布でした。


「文字が一番ズレなどが目立ちやすく難易度が高いため、文字の入った図柄にしようと思い、家の中で目に付いたHeinekenのコースターをモチーフにしました。40cm四方くらいの布ですが、これで約1ヵ月の制作期間がかかっています。上手な方は織るのが早いのでそこまでかからなかったりするのですが、手織りの布の値段はほとんど材料費と人件費ですから、やはり帯1本でも何十万とかかります。」


 手づくりの物に対して支払うお金というのは、素材の費用や作り手の技術だけでなく、そこにかけた作り手の時間、あるいは人生に対する対価でもあるのだと、そのとき改めて実感しました。


 


 池田敦さん2


織物の世界から地酒の世界へ


 2011年4月、雇用期間が満了してフリーの立場になった池田さん。おみやげ物のデザインなどKibiso関係の仕事などをもらい制作を続けますが、収入は不安定で生活のために他の仕事をする必要性を感じていました。


 そこへ声をかけてくださったのが佐野屋の佐野洋一さんでした。2012年6月に地酒専門Barを開店させる準備をすすめていた佐野さんは、池田さんにお店をやらないかと誘います。


「鶴岡に来た頃に出来た友人がすごくお酒の好きな方で、その方から色々と日本酒のことを教えてもらい日本酒に興味を持つようになりました。その方と佐藤天哉さんからの紹介で、佐野さんと知り合いました。


 佐野さんから地酒Barを開店するから手伝ってくれないかとお話をいただいたときは、それをやるために鶴岡に来たわけではないので、正直躊躇しました。それでも経済的な問題もありましたから、従業員として地酒Barのお手伝いを引き受けました。ところが様々な事情があり、今は店長としてお店に立っています。」


 自分の人生の中でまさか日本酒を専門に提供するBarの店長をするとは夢にも思わなかった、と笑う池田さん。飲食店での就業経験はありましたが、雇われるだけの身ではなく店長として責任を持ってほとんど一人でお店を回すことは、やらされる仕事と違ってとても勉強になったと語ります。


「お店には佐野さんの繋がりで来て下さる常連さんや、常連さんが連れてきてくださる県外の方、日本酒にあまり興味を持っていない方など幅広く飲みに来て下さいます。お話することは日本酒の専門的なことから個人的なことまで様々です。経験も長く知識の深い佐野さんから教えていただくことをそのまま紹介することもありますが、味や風味などは自分が感じたことを素直にお客さんに紹介することが多いですね。常に心がけていることは、失礼のないようにしたいということです。」


 池田さんの接客は良い意味で日本酒の知識を語りすぎることもなく、押し付けるところがいっさいありません。誠実で穏やかな池田さんからは、お客さんに自由にお酒を選んで楽しく飲んで帰ってほしい。そんな気遣いを感じます。


「将来的にはもちろん、この土地で繊維関係の仕事をやっていきたいと思っています。もう少し自信ができれば色々と自らしかけていくこともできると思うんですけど、もう少し技術なども勉強したいですね。それで暮らしていくのは難しいこともよくわかっているのですが、それでも人の繋がりを大切にして、その道に進んでいきたいと思っています。」


 池田さんの言葉から、職人としての気品を感じます。自分を高めて自分の納得する作品を世に送り出したいと、彼が見ているのはずっと高いところです。


 


 人生何があるかわからない。夢を追いながらいくつもの壁を乗り越えて、時に横道にそれたり逆戻りをしながら懸命に進んでいくものだと実感しています。無駄なことなどひとつとしてなく、ひとつひとつが自分の中に蓄積されて、人間としての幅を広げ、その人をかたちづくっていくのだと思います。


 ひょんな出会いから奥深い地酒の世界を知ってしまった池田さん、今後制作される織物にどのような影響を与えることになるのか、楽しみでなりません。

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